ブログ主【フレイド磯地】自己紹介

9歳から家事をしていました

「五十路」はもともと「五十歳」を意味するのですが、今ではすっかり「50代」として意味が定着しています。それにあやかってブログのタイトルを名付けました。数年前に五十路となったバツイチ男性です(^^;

東京生まれの父は地方で資産を築いたものの、諸事情により嫌気がさして全資産をたたき売り、東京に会社を作って地方から脱出しました。茨城に工場を買い、母は夜までパートを始めました。

9歳のときです。

昼も夜も働く母親から家事一切を任されました。学校から帰ってきたら洗濯物を取り込んでたたみます。ハンカチなどはアイロンをかけました。それから商店街や近所のスーパーに買い物に行きます。

妹と弟の夕食を作って食べ終わる頃に父が帰ってきました。私は晩酌を作ります。父はビールを飲まず、常にウイスキーの水割りでした。当時はダルマ(サントリーオールド)を愛飲していました。

たまに麦茶を水で薄めて水割りとして父に出したら、「この水割りはなんだか薄いな…」と不思議そうな顔をした父を見るのが密かな楽しみでした。いたずら好きなのは今も変わりません(;^ω^)

食事が終われば片付けです。すべてが終わった頃に母が帰宅します。そんな毎日でした。

数年前、子どもの権利保護に熱心な知人が、なにかのシンポジウムで強く訴えていました。

「たった十歳の子どもが毎日自分で料理を作ってるんですよ!」

彼が涙ながらに話すのを見ても私にはなにが問題なのか分かりませんでした。そんなの私は9歳からやっていたけど…小学生に家事を押し付けるのは今では虐待になるみたいです(;^ω^)

それどころか、小学生の私が作る料理に父は容赦なくダメ出しをしました。お前は海原雄山か?(笑)

でも、私はこれで料理の面白さに気づいたんです。不思議なことに料理人になろう考えたことは一度もがなかったのですが…

2年後に父の会社は倒産し、私は父の実家に預けられ、両親とは別居生活が始まりました。騙されて工場を高値でつかまされたようです。

不純な動機で作った会社はすぐにつぶれるもんだなと、父は晩年に笑っていました。

暗い話になってしまいました。

大学生になり独り暮らしを始めました

大学生になって独り暮らしを始めました。コンパでは食べたことがない様々な食材に出会いました。

地方から東京に来た学生は、飯が不味いと嘆いていました。実家が農家の学生は米が不味いと言います、港町で育った学生は魚が不味いと怒っていました。

そこら辺の草を食べさせられた埼玉育ちの私には彼らの気持ちが理解できませんでした。

当時はどぶ川のような臭くて汚い新河岸川の土手に野蒜(のびる)を採りに行くくらいです。味噌を付けて食べさせられましたが、子どもにはきつい味でした。今ならお酒のつまみにいいのでしょうけど。

働くようになりお金に余裕ができると、調理道具や調味料を買い集めました。自炊は当たり前です。炊飯器は使わずに鍋でご飯を炊いていました。

週末になると自宅に友人が集まり、私は料理をふるまいました。ある日、友人が私にクレームをつけてきたのです。

「お前のおかげで、自宅の飯が(しょっぱくて)食えなくなった!」

それは保証外です(^^;

二度の結婚を経験しました

その後、中国人の妻と結婚して料理の幅がグンと広がりました。文化の違いがこれほどまでかと驚愕しました。聞いたことも無い調味料も普段から使うようになりました。

中国では様々なもの、蛇、カエル、ゲンゴロウ、さそりなどなど食べました。

10年後に離婚し、アラフィフで沖縄出身の妻と再婚しました。

妻を私の実家に連れて行ったとき、母が妻に尋ねました。
「私の作った料理、口に合うかした?」
妻が答えました。
「旦那の料理と同じ味です!」
我が家でおふくろの味を継いだのは、どうも私のようです(笑)

そしてアラフィフで二人の娘を授かりました。仕事と家事、育児と五十路の身体にはキツイです。おまけにこの数年間は日々、出張の毎日でした。外食は五十路のグルメに記録しています。

花咲ガニのトマトクリームパスタ

自宅警備隊の日々

そしてコロナショックが起きました。業績が大きく悪化した会社は大規模なリストラを実施し、私も会社を去りました。五十路ともなるとなかなか仕事も見つかりません。

長年熱望していた、毎日家にいる生活がかないました!

自宅では私が食事を作ります。私が家にいないときでも妻が料理をできるようにとレシピを記録しました。それが「五十路のレシピ」です。

ブログにすれば妻はネットですぐに検索できるので便利です。

ところで、ブログにはコメントがつきものですが、私はもともと人づきあいが得意ではありません。不景気になるたびに、人間の嫌なところや裏面をうんざりするほど見てきたのがトラウマになっています。

年齢ともに引き込もり度がどんどん増えて、家族や一握りの親しい人以外とは交流を避けるようにしています。

どうしても連絡を取りたい方はフォームからお願いします。

フレイド磯地 拝

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